国も頼りにならない
五木寛之さんは日本の植民地の北朝鮮で子供時代暮らしていました。
敗戦後日本のお金は使えなくなり、ソ連軍の軍票だけが頼りだったそうです。
ほとんどの日本人は、家や財産も没収されたのではないでしょうか。
そんな経験から、お金やものが「頼りになる」と言う価値観は持っていないのです。
国も頼りにならなかったのですが、大人も頼りにならないと骨身にしみたと思います。
また、生きるために人のことをかまっていられない状況で、自信の正義感とか道徳心とかも頼りにならないと思い知ったのでは。
だから、お医者さんとか病院とかの権威が嫌いで「自分が自分の主治医」と覚悟を決めています。
覚悟を決めたから
ソ連軍侵攻下の朝鮮で生き延びるためには、健康であることが必須です。
権威も大人も信じることができなかった少年が頼りにしたのは、
自分の身体の本能的な力ではなかったでしょうか。
薬にしろ健康法にしろ、数年後には評価が全く変わったりします。
(仏教の智慧は2000年以前からかわらない!!)
だから、自分の身体からの言葉に注意深く耳を傾けることにしたのです。
よくない結果となったとしても、覚悟を決めているからと割り切っています。
コロナ禍の養生
コロナで外出が制限され、経済も冷え切っている中、大きな価値観の変換が必然的にせまられます。
お金を持っていても病気にならないわけではなく、病院にさえ入れないかもしれません。
コネや権力を使って入院できたとしても、重症化や死からは免れません。
一方
コロナウィルスがたくさんの場所にいても、免疫力が強くてかからない人、
かかっても、回復して以前の生活に早く戻れる人。
今はそんな「健康」が欲しくて「養生」を個人が心がける時代が来ていると思います。
「養生」を広めたいという活動も始まっています。
【お寺で対談③】なぜ、禅を取り入れたのか / 統合医療チームJINについて / 患者さんの生活に寄り添う治療| 医師 須田万勢氏・臨済宗円覚寺派管長 横田南嶺老師
「養生」を広めることは、医療費の削減とか幸せな長寿とも関連する大事業になります。
仏教とか座禅もその方法の一つになり得ます。