70歳過ぎて自在に生きる ほいみんの日記

断捨離から、ヨガ・インド哲学・音訳へと関心が移っています。

声に出すと感情があふれてくるけど 既成宗教への違和感

管長日記を読む

毎日の管長日記を声を出して読んでいます。

今日も音読をしていて感情があふれて声が出なくなりました。

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家出をする息子にお赤飯を炊く母親の話です。

貧しさから抜け出すため、跡取りでありながら出ていくのを、

表だっては応援できないけど黙って心を込めたお赤飯で送る話です。

母親が涙をこらえて作ってくれたそのお赤飯が

以後はお守りのように青年が悪い道に進むのを阻み、

成功へと導いていったという話で落涙物です。

 

良い話だけど

私も読んでいて胸が塞がれるようで声が詰まりました。

ただ目で読むだけでなく、声に出すとこんなに感情移入できる。

でも音訳では感情に流されずしっかり淡々と読まなくてはなりません。

 

でも後から思いました。

この話を紹介した老師は

「家出を察しその日にお赤飯を用意した母親の智慧ある慈悲」をほめています。

南嶺管長も

「手間暇かけたお赤飯を用意したお母さんの深い愛情」に感動しています。

手間暇をかけることでしか心を伝えることができない

と言っているようでちょっと気になります。

 

手間を省いたり効率化ばかりを追求する現代の風潮は問題ですが、

手間暇をかけなさい、というのも違うと思います。

母親はだれも子どものために自分を犠牲にする、

子どもの幸せを心から願わない母親はいない、

それは固定観念だと思います。

手間暇かけろと言われて、追い詰められる働く母親がたくさんいます。

子どもの虐待やネグレクトがこれだけ多くなっているのが現状です。

慈悲深い母親像を唱え続けて良いのかしらと思います。

既成宗教への違和感ってこういうところにあるのではないかしら。

親から虐待を受けた子どもたちの心を救うことはできないです。

 

 

 

【指導者養成講習会】雑誌の音訳は需要が多い たくさんのベテランさんの労力と時間がかかっています

雑誌

たくさん発行されている雑誌の中で

音訳されているのは401タイトル(2021年9月調べ)。

完全版だけでなく抜粋版などを含めてです。

これが多いのか少ないのか。

需要には追いついていないでしょうし、

マニアックなニッチな雑誌は音訳も点訳も手がつけられていないと想像します。

図書館サービスの一つとして、

利用者さんからのリクエストで作っているはずですが、

そういう情報が伝わっていないのが問題です。

私の所属している図書館でも、リクエストが少ないです。

 

雑誌は手軽に社会情報が得られる手段です。

だからタイムリーな提供が求められるため、

ベテランの音訳者さんがグループを作って対応しています。

 

例えば『文藝春秋

講師の先生は月刊誌『文藝春秋』の音訳に長年携わっています。

音訳はグループで、先生は主に編集だったかしら。

完全版(広告やグラビアも入れる)で25時間から35時間という長さです。

それを発行から十数日で完成させるのですから、素晴らしい!!

雑誌ならではの時間短縮方法やルールの元で歴史が積み上げられてきました。

その手順について説明がありました。

たくさんの方の労力と時間がかかっています。

それがすべてボランティアなのですから頭が下がります。

プロと言ってもいい専門性と集中力が必要です。

 

例えば

芥川賞の発表があるときは、先に単行本を購入して音訳を始めるそうです。

でも単行本と雑誌掲載文が違っていることもあるので要注意。

その他にも

ページ付けは1タイトル1ページ。

利用者さんからのリクエストで、目次にもグループチェックをつけます。

など雑誌特有のルールもあります。

 

新人さんへのアドバイス

先生も新人の時は、ベテランに囲まれての録音で声が震えたとか。

それを克服して行くのに一番よかったアドバイス

「読むことに集中する」ようにしたことだったそうです。

内容に集中することで、まわりのことが気にならなくなったのです。

一生懸命内容をつかむことに集中し、内容を届けることに集中するのです。

一生懸命な読みは、それが利用者に伝わるそうです。

 

元アナウンサーさんがきれいに読むのを上手ですねとほめたとき、

あるベテランの方から「あれが上手だと思いますか?」

と返されたことがあるそうです。

その時はわからなかったのですが、

利用者のために一生懸命読むこと、

その一生懸命さは必ず伝わる、

それでいいのだと思うようになったようです。

 

もう一つ印象的だった言葉は

「失敗のてんこ盛りでやってきて、それで育まれた」

わたしも先輩の、

「失敗をたくさんしてきました」という言葉で

慰められたことがあります。

自分も新人さんには、失敗を恐れないでと言いたいです。

 

実習

講習会も後半になり、来年からは実習です。

自分でテーマを決め教材を探して20分間の講習を組み立てます。

自分でもできていないことを、他人に教えるって難しいです。

処理とか滑舌とか技術的なことを教えるより、

音訳が人の役に立つだけでなく自分のためにも役立つ、

音訳が楽しい、音訳をやって良かった、

そんなことを伝えることならできるかしらと思っています。

 

講習前のお楽しみ無印カフェのランチ

 

『なんでも見つかる夜に、心だけが見つからない』東畑 開人著 心理セラピーが必要な社会

今の社会の悩み

カウンセリングルームを開いている著者が

たくさんのクライエントの悩みに共通するものを見つけます。

それは現代に生きる誰にも共通する不安です。と名づけます。

 

 

堅固だったはずの社会がドロドロと溶けて、まるで荒ぶる海のように不安定は場所になりました。

そういう社会を、僕らは今にも壊れそうな小舟一艘で後悔しなくてはならない。

 

その小舟は自己責任の名の下、一人でサバイブしなくてはならない

 

この自由で過酷な社会を「いかに生き抜くか」を教えるのがカウンセリングルームの役割

 

 

封建的だったり全体主義は、大船にみんなで乗っている状態と言えます。

そういえば大乗仏教も、大きな舟にみんなで乗って浄土に行く風景。

密教はそうでなく自分で修行するように思っていたけど、

日本の伝統仏教は全部大乗仏教なのだから、

密教大乗仏教ってことですよね。

 

伝統仏教という大船にも、今の若者たちは乗らなくなっています。

若者でなくても、私だって何にも乗っていないと言えるかもしれないのです。

そういえば子どもの頃、「家族会議」をした覚えがあります。

民主的な家庭を作ろうと言うことで、

学校がそういう教育をしてきたのです。

少しも民主的では我が家で「会議」をしたくらいなのだから、

日本中で「家族会議」をして民主主義を広めようとしてたのではないかしら。

 

そんな風に戦後アメリカ主導(たぶん)の教育を受けて、

封建主義や伝統宗教を教育的には押しつけられなかった私たち。

でも親世代の価値観はおいそれとは変わらなくて、

相変わらずの「世間体重視」で「男尊女卑」のまま。

そんな狭間で成長してきて、確固とした価値観を作らないで来てしまったのかしら。

 

今も価値観は多様化、個別化してきて、

小舟で漂っている人が多いという状態だというのでしょうか。

 

誰もが疑いも持たず親の職業を継げば良い時代から、

会社に入って定年まで勤める時代を経て、

今は先が見えない時代となったのでしょう。

女性も働くのが普通になり、

それが一つでなく複業まで考えなくてはならなくなっている。

使われるままでなく「起業しましょう」と追い立てられたりする。

 

心理士のセラピーを必要とする人が

量産されている時代になってしまったのでしょうか。

 

本の中でモデルとなっている架空のカップルですが、

何年もセラピーを受け続けています。

そのくらいだからお金に困っているわけではないけど、

セラピーを受けずには苦しくてたまらないのです。

セラピーを受けられない人の方が多いんでしょうね。

家に引きこもったり問題行動を起こす人も。

 

こんな所にもカルト宗教のつけ込む余地があるのかもしれないです。

 

 

 

 

ミシンの段押さえ 純正品でなくてもOKでした ノリタケのスエット生地が到着

段押さえ

職業用ミシンには押え金が各種揃っています。

スエット生地で作るとき、ステッチで押さえる場合がたくさんあり、

そんなとき段押さえがあると幅が揃って美しく出来る。

 

純正品は高いのです。

3500円とかします。

ミシンも上手になってきたので要らないか、

とかなり悩んだのですがノーブランド品を買いました。

 

口コミで使い物にならないとかありましたが、

使えるという評価もあるので一か八かで購入。

4個組みで1899円。

 

縫えます

すぐ届いて検品。

4個のうち2個が同じサイズと表記がありましたが、

袋の表記だけで中身は4種類はいっていてまず合格。

悪い口コミでは同じサイズがいくつかはいっているとありました。

さっそく試運転。

針穴ギリギリに針が落ちます

一つだけ針穴ギリギリですが、あとは問題なさそうです。

これでステッチや裾上げがきれいにできそう

かたやまゆうこさんがスエットの縫い方の動画を出していて、

型紙をダウンロードしてあります。

ノリタケで動画と同じ生地を購入したので作るのが楽しみです。

 

www.youtube.com

noritake-tex.jp

【いせき】布地の値段記録 エプロンドレスが4着になりそう

いせき

古くからある洋品店?生地屋さん?です。

ニット生地(中高年向き)がたくさんあるので、

ちょっと覗いてみたら、倍メーターセールをしていました。

いつもお安いのですが、よくこのセールをやっている気がします。

いつもの半額。

1m540円×3m 

580円×1.7mと1.5m 切れていたのでかなりおまけしてもらいました

どちらも綿100%でエプロンドレス用。

2つエプロンドレスを作ったけど、

園芸用のよごれの目立たない生地が欲しくて購入。

どれだけエプロンを作るのかってことですが、

毎日エプロンドレス着ています。

家事をするのにとても便利なんです。

 

合計税込みで3683円。

1着1800円。

 

今日から市報の録音がはいるのでちょっと製作中断。

ビオラの苗を育成中 メネシアは夏を越し トレニアはもう終わり

 

 

認知症とも闘いながらになるのかしら うっかりミスに凹みます

講習会欠席

先週の講習会を欠席しました。

その前の講習会は旅行で欠席だったので、

絶対行かなくてはならなかったのに。

いろいろ理由が重なったのですが、うっかりなのです。

前日のブログで「明日は講習会」と書いているのに、

当日の朝は「今日は何をしよう。」と考えているのです。

認知症が始まったのかと心配になります。

でも振り返ってみたら若いときからこういうミスはありました。

だから老化だけが原因ではないでしょう。

ミスが多いから確認をするために

朝はスケジュール管理をかねてiPadを開くことにしているのです。

 

マルチタスクは良くない

どうして曜日を間違えてしまったのか、

反省するばかりです。

間がちょっと空いて気持ちが緩んでしまったのでしょうか。

講習会は宿題もあったのですが、十分時間があったのに

当日までのばしていました。

ちょっと時間の余裕ができたからと、

他のことに気持ちが向かっていたとも言えます。

この秋は音訳の学びの時で講習会や勉強会がびっしりだったのが、

ちょっと途切れたのです。

そこでソーイングや庭仕事など家のことや旅行、

本を読んだり買いものに出かけたり、

マルチに行動したのが間違いの元だったのかしら。

前頭葉のワーキングメモリが足りないとマルチタスクができなくなるとか。

私はもともとマルチにはできない人だったし、

これからはもっとできなくなることを自覚しなくては。

ミスがあること前提に、ミスを防ぐ工夫と行動をもっと考えます。

 

もう終わったことは仕方ないので、気を取り直して後半の講習会に臨みます。

くよくよするのはやめよう、と心の中で意識改革しています。

 

幸い講義内容の録音が手に入ったので、本当に良かった!!

 

お花に癒やされて

 

宗旨替えは難しい 神様とか魂の存在は頭で理解できないから

お墓参りについて

私がお墓参りに熱心になれないのは、そこに魂があるとは思えないからです。

そこにあるのがお骨以外の何かであると感じられません。

小さい時から何も感じていないのに、

父が亡くなって急に魂があるとは思えないのです。

にわか神道になってにわかに作った神棚にお祀りしてある紙切れが、

尊いものだと思うのは無理があります。

 

奄美地方の人

知人に奄美大島の出身の方がいます。

住むところを探していたので、都営住宅がいいと薦めました。

病死などで事故物件(?)になっていると、入りやすいのです。

ところがその知人は「とんでもない!!」と身を縮めます。

そういう部屋には住んでいた人の魂がいるから、

怖くて住めないのだそうです。

私なら平気だと思うのですが、

身についている宗教感覚は一生ついて回るのかもしれないです。

そういえば与論島の人たちももう死んだ人といつもお話ししています。

声に出してお話しするから最初驚きました。

遠く離れて暮らしている人のお誕生日をお祝いしたり、

情が深いのはそういう環境で育ったからなんでしょう。

 

お経

例えば私は、

お経を大きな声であげることができません。

訳のわからないことを「お題目」として唱えているだけと思ってしまうのです。

「お題目」という言葉は「自分で考えたことでなく言われたままに唱えている」

という意味も感じます。

理解できないことを口に出すのはよくない、と私の心が制御するのです。

そんな私ですが、この頃は小池陽人さんの動画を見て弘法大師のお称号を唱えることは

できるようになりました。

弘法大師についての知識が増えて、

具体的に自分の中で像をむすぶことができてきたからではないかしら。

 

試してはみるのですが、お経を唱えることはできません。

般若心経を覚えようと試みたことはあるのですが、

覚えきれません。

 

いくら仏教や禅の教えを学んでも、仏教徒となるのはハードルが高いです。

知識としてだけではダメで、実践しなくては意味がないと何度も読んだり聞いたりしているのに。

宗旨替えするのは難しいです。

育ってきた環境、読んできた本や出会ってきた人の影響が大きいです。

 

通ってきた道を振り返る時期になりました