60歳過ぎても進化中 ほいみんの日記

断捨離から、ヨガ・インド哲学・音訳へと関心が移っています。60歳過ぎてヨギーニをめざしています。

音訳に未来はあるのかしら? 機械の読み上げに負けそう

読み上げも優秀

音訳講座で学んだとき、先生の言葉で胸に刺さったのは、

下手な音訳より機械の方がよほどいい」という利用者の声があるということです。

たどたどしく音訳するより、多少の不備はあってもパソコンなどの音声読み上げの方が聞きやすいと言うことです。

 

確かに読み上げ機能はどんどん進化しています。

私も勝間さんのブログを読んでから、Kindleの読み上げ機能を使ってみたりしました。

まだまだ漢字の読みとかアクセントがおかしかったりして、私には実用にならないと思いました。

でも、電話の自動応答とか会話型の自販機とか、実用化がどんどん進んでいます。

電子辞書での外国語翻訳も、かなり実用に耐えるものになっているようです。

技術の進歩がいろいろな問題をクリアーしていくでしょう。

 

音訳勉強の膨大な練習量を考えたとき、

今から音訳の勉強をしてどうなるのかしら?

機械より優秀な音訳ができるのかしら?

時間の無駄ではないかしら?

という気持ちになって音訳ボランティアはやめようかと思ったときがあります。

 

でも音訳の勉強

たとえ将来は機械に代わられるようになったとしても、今現在は需要があり必要とされています。

表やイラストを音で翻訳なんて、機械ですることはまだまだ先の話です。

利用者の個人的なリクエストにこたえるなど、きめ細かいサービスはいつまでもあるとおもいます。

例えば、学校や保育園からのプリントを読んだり、趣味の本、専門の教科書などです。

 

それから

・一緒に道を歩いて、目的地まで安全にお連れすること。

・美術館や博物館で一緒に楽しむこと。

・音楽ライブやお芝居を楽しむことだってあるかもしれません。

 

私にとって音訳の勉強は

自分の今の身体で持っている機能を、人の役に立つようにブラッシュアップすることです。

 

音声入力

私が音訳の技術を身につけたいと思ったのは、自分のためもあります。

スマホでラインやメールをするとき、音声入力を使います。

ブログのために本の引用をするとき、音声入力は本当に便利です。

 

そのとき、私の滑舌が悪くて誤入力するのです。

自分では気がつかなかった、弱点です。

ゆっくり丁寧に話していないのです。

 

家族や友人もだんだん老いていきます。

聞き取りが悪くなり、コミュニケーションに支障が出るようになるでしょう。

そんなとき、ゆっくり丁寧な話し方が、きっと役に立つと思います。

 

今できること

今やりたいこと

 

そんな気持ちで、機械と共存する未来(大げさ????)を夢見ています。