70歳過ぎて自在に生きる ほいみんの日記

断捨離から、ヨガ・インド哲学・音訳へと関心が移っています。

【管長日記】「恩徳忘れがたし」 人に出会い一筋に道を究めた南嶺管長

禅一筋

南嶺管長のお話の中によく登場する今までに出会ったお坊様。

先日の管長日記に簡潔にまとめています。

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小学生の頃に、興国寺の目黒絶海老師  坐禅の道があることを知りました

中学生の頃に、松原泰道先生 この道の間違いのないことを知りました

高校生の頃に山田無文老師 この道に進もうと思いました

大学生になって小池心叟老師  私は僧侶にしてもらった

 

こんなふうに人に出会い、道を見つけ、歩み続ける禅一筋の生涯なのです。

迷うこともあったはずです。

でもこの大恩人の方々との出会いを思い返す度、

南嶺管長は禅の道こそ自分の一生をかける道だと思いを新たにされたのでしょう。

 

松原泰道先生と小池心叟老師には特に目をかけられ

日常的にお側にいたこともあり、

毎月のお墓参りなど供養もされています。

 

姿に教えられる

禅僧の立ち居振る舞いは、人を感動させます。

今回のお話にある小池老師の死に臨んでの姿は

周りの人を感化させずにはいられません。

 

お若いときは剪定ばさみを手に作務に励まれ

いつも自ら動き働いていたことも見習いたいことですが、

晩年病気を得てからも見事なのです。

不自由になり自分が思うように動けなくなっても

 

しかしながら、老師は常に泰然自若として、お心を乱されることもありませんでした。

私ども傍に仕える者にも、決して苦痛を訴えることはありませんでした。

静に自己に現われる現象のすべてを受け止めていらっしゃいました。

病院のベッドの中にあっても叉手当胸という禅僧の姿を崩されませんでした。

長い入院生活の中でついぞご自身でナースコールのボタンを押されたことは無かったのでした。

お見舞いに来た者があれば、常に相手を気づかい、にっこりほほえまれておりました。

 

身体が弱くなり病気で死を身近に感じたとき、

不安や恐怖に駆られてしまうのが大半だと思います。

 

こんなふうに泰然自若と死を迎える姿で、

多くの弟子たちを教え導いたのです。

そのお話を聞いた私たちまで、

死ぬときにこうでありたいものだと思わせます。

死ぬことを怖がらなくてもいい、と安心を与えてくれます。

 

毎日の管長日記を読んでいるだけの私ですが、

病篤くなったとき、心安らかでいることができるでしょうか。

毎日毎日管長様のお話を聞き続けることで、

きっと私の心も鍛えられるはずです。

お話を聞けることに、感謝。

道ばたにたくさん咲いています お庭の主に感謝