盤珪禅師(ばんけいぜんじ)
江戸時代中期の禅僧です。
白隠禅師(はくいんぜんじ)より少し前に禅宗で大きな影響力を持っていた高僧。
開山となったお寺の数も育てた弟子の数も白隠に負けないくらい。
それが、今では白隠の陰に隠れてあまり評価されていないそうです。
それは、
「特別な修行はしなくても、生まれながらに仏性は備わっている」
「苦労して修行する必要はない」
という教えが、
「なにも苦しい修行をしなくてもいい」と捉えられ、
怠惰なほうに流れてしまったからのようです。
盤珪そのものは命がけの修行をして、その後に至った心境なのだけど、
到達するまでのプロセスを抜きに、もう自分の中に仏性はあると思ったら、
自分を甘やかしてしまうし、弟子を育てることも難しくなります。
それが禅宗や僧侶の俗化と退廃を招き、
それ以後白隠がその刷新をすることになるのです。
白隠禅師
退廃堕落していた禅僧のありさまに鉄槌をくだしたような方。
臨済宗の中興の祖ともいわれて、
ご自身が厳しい修行をして禅病にかかり、
死にそうになったのを呼吸法や内観法、軟酥の法による養生で治したことも有名です。
常識とか分別をとことん壊していく厳しいものです。
だから盤珪禅師の「何も造作はいらない、修行もいらない」
という考えとは正反対です。
白隠と盤珪禅師あっての白隠禅師
南嶺管長はどちらをも大切に考えています。
盤珪禅師もご自身が死に物狂いの修行をした後に、
生まれながらに仏性があると悟ったのです。
それで自分がした苦労を弟子や衆生の人々にはさせたくない、
という慈悲のこころで「修行しなくても仏性はあるのだ」
とお話ししたのです。
厳しい修行があっての、「ありのままでよい」という心境です。
南嶺管長は坐禅のときに棒で打つことを止めました。
食事も掻き込むことより、味わうことも大切と説いています。
睡眠も大事でむやみに睡眠を削ることを良しとしません。
伝統的な臨済宗の修行方法の問題点を直視し、
古今の祖師達の教えに照らし合わせて禅の本質を探っています。
現代に通用し、未来にも続いていく禅を模索して改革しているのだと思います。
イス坐禅の試みも、そういうダイナミックな禅改革の動きだと思っています。
(今まで座禅と書いていましたが、坐禅と書くのが正しかったです)