法話
毎日の管長日記と共に小池陽人さんの法話も聞いています。
小池三の法話を聞いていて、なるほどと思ったことがあります。
聴き手に伝えようと声に力を込めています。
クスッと笑える話も涙を誘う話もある中で、
これぞ「仏教の教え」というところで声を張り上げます。
ただ声が大きくなるのではなく、
「自分はここが仏教の好きなところなんだ」
という気持ちがこもっているのが良くわかるのです。
日常的にこのような法話をしているのですから、
声が鍛えられるのは当然です。
毎日声を鍛えているとも言えます。
南嶺管長さんも「ラジオ毎日の管長日記」は15分ほどですが、
講義や講演、日曜日の法話会では1時間以上、
お疲れの様子もなく熱のこもったお話をされます。
改めてすごいことだと感服。
立派なお坊様の条件。
容姿や服装、居ずまいとたたずまい、
それに加えて声が大切なんでしょう。
【参考】 googlで調べてみると
「佇まい」は、人や建物の立っているようすやそのもののかもし出す雰囲気をいいます。 対して「居住まい」は、人が座っているようすや住んでいるまわりのようすをいいます。
佇まいと居住まいの違いを分かりやすく言うと、佇まいは立っている場合に使い、居住まいは座っている場合に使うという違いです。
体力も必要
早速私も毎日の日記音読に、
「伝えようという気持ち」を持って、
お腹の力を抜かないで(丹田を意識して)みました。
15分ほどなのですが、途中でバテてしまいます。
お腹への意識が無くなっているのに気が付きます。
読みつかえないように、というのに一生懸命。
アクセントが気になったり、滑舌の悪さに読み直したり。
1回目はとにかく漢字の読みを調べたりもするので、
中断して調べ物をすることも多い。
本当は3回読みたいところですが、
2回読むのが今のところの精一杯。
こんな地道な練習ですが、
音訳練習、そして健康のためにもいいだろうと思っています。
イス座禅の練習も兼ねて姿勢にも気をつけていますしね。
朝は8時から管長日記を読む、
このルーティンは私には珍しく続いています。
飽きっぽい私の小さな進歩です。