70歳過ぎて自在に生きる ほいみんの日記

断捨離から、ヨガ・インド哲学・音訳へと関心が移っています。

ヘッセに回帰 大切なものはすこしだけ

『庭仕事の愉しみ』

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今から約2000年前にパタリジャンがまとめたとされる「ヨガスートラ」に、日常生活の心構えである8段階の教えが体系化されています。

その中の日常生活で実践すべき5つの行いの一番に挙げられているのが、シャウチャ(Saucha)です。清浄と訳され、自分の身体と心をいつもきれいな状態に保つこと。

 

我が家の草だらけで、枯れたり手入れの行き届かない植木鉢の放置されている庭がいつも気になっています。家に出入りするたびに心が痛むのです。

一番苦手な家事の庭仕事なのですが、何とかしたいといつも思っています。

(思っているだけですぐ行動しない。他人を非難できないなぁ)

 

精神論から入るのが好きな私は、ヘッセの『庭仕事の愉しみ』という本を持っていて、庭仕事がどんなに精神的に豊かなものかがそこに書いてるのではと期待しています。

 

何度目かに本を取り上げてパラパラとあとがきなどを読んでいたら、『ペーター・カーメンチント』という本の名前が出てきて、胸がキュンとなりました。

若いころに読んで感動したことが、急に思い出されたのです。

 

20代のはじめのころ、ヘッセの本のいくつかは、私にとってバイブルのようでした。

『ペーター・カーメンチント』はあらすじも登場人物も覚えていないのですが、

    大事な本

という記憶だけです。

 

『郷愁 ペーターカーメンチント』

早速kindleで読んでみました。

一気に読み終えました。

ヘッセはこの作品の公表で作家として名声を確立したようです。

まだ20代での作品。

 

面白くて、一気に読み終えました。

途中で声をあげて泣きたくなったところがありました。

でも、若いころと今と、心に響くところが違いました。

 

たとえば、

不可解な神は愛されることのない孤独者の生涯を私にあてがっておきながら、愛に対する燃えるような郷愁を、なぜ私の心につぎこんだのであろう 

10代から20代にかけて、夢見る夢子だった私は片思いばかりで、悲劇のヒロイン気分に浸っていました。

私の生活にはどういう意味があったろうか。なんのために、こうも多くの喜びと苦しみが私の上を越えて行ったのだろうか。今日なお渇えをいやされない人間だとしたら、私はなにゆえ真実なものと美しいものを渇望してきたのだろう

本をたくさん読んでいたけど、現実に手につかめる物はなく無力感と虚無感で人生を嘆いていました。

 

今読むと、その時の気持ちや、この文章をノートの書き留めておいたことも思い出しました。

なつかしくて、若く初々しい自分をほほえましくいとおしく思います。

 

今回読んで一番心にひびいた箇所は 

なんのために私は聖者の生活を研究し、そのみごとな愛の歌を暗記したり、ウンブリアの丘にその足跡を探ったりしたのだろう?たよりない哀れな人がああしてひとり苦しんでいなければならないとしたら。私はそれを承知し、彼を慰めてやることができたのに。

病弱な家族の世話を負担に重い、自分たちだけで楽しい時間を過ごしているときに、主人公に湧いてきた「純粋な愛」の気持ちです。

私も、向上心とかより良き人生とかを考えているとしながらも、身近な人に冷たくしているのではないだろうかと、自分を振り返ってみました。

 

何のための読書、そして何のためのヨガや修練、心の向上なのかを考えてみました。

現実生活ではなく、妄想の中でだけ「善き行い、親切、やさしさ」を振り回しているのではないかと、考えさせられました。

 

インド哲学との関係

ヘッセがいつからインド哲学を研究していたかはよく知りません。後期の作品の「シッダルタ」のあとがきに、20年くらいインド哲学を学んでいるとありましたが、この初期の作品でも、インド哲学に通じる考え方をしていると思います。

 

これを考えるだけで、一生の課題になりそうな大きな問題です。

 

大切なものは少し

ヘッセの小説のいくつかは、今から思えば今の私の考え方に大きな影響を与え、それがヨガとも結びついていると言えます。

心の底に流れていた、自分の求めているものが一つにつながっていたのが不思議な気持ちです。

 

大切なものは少しでいいと、また思いました。

 

ヘッセの作品のいくつかをまた読み直そうと思います。

それをインド哲学を少し学び始めた今の視点、夢中になって読んでから40年たって経験を積んでからの視点で読み直してみたいです。

 

本もたくさんなくていいですね。

何度も読みなおす、大切な本、精神のバックボーンになっている本、それがいくつかあることは幸せなことだと思います。

風邪で寝込んで反省とうれしかったこと

インド旅行を考えていた

風邪はひどくなり、結局詩吟の大会に出ることができず、仲間の方に迷惑をかけてしまいました。

体力を過信していました。

丁度来年の冬にヨガスタジオが主催するインド旅行の紹介を見て、参加したいと思っていたところに、この体調不良です。

インドに行くのなんて無理だということを事前に教えてくれたかのような風邪ひきでした。

ここ2,3年来、インドに行きたい、高野山に行きたいと思っていました。

思っているだけではなくて、実行してみよう、行動に移そう、一日一日を動いて悔いなく過ごそうという気持ちが大きくなっていました。

それで、このところタイトなスケジュールだなあとは思いながらも、映画を見たりヨガの体験に行ったりしたのです。

まだまだ、それほどの体力はないこと気がついていませんでした。

っていうか、身体の声を聴いていなかったのでしょうか。

反省です。

虚弱なのか

以前から、疲れやすく体力はないほうだと思います。

人に疲れるということもあります。たくさんの人と会っていると、とても疲れてしまうのです。

親の希望を叶えるために、年に数度旅行をしていましたが、旅行前に体調を整えるのと、旅行後の疲れを取るのにそれぞれある程度の期間が必要でした。

旅行中に体調を崩すことも多く、旅行を楽しめなかったこともあります。

健康法の知識はたくさん詰め込んでいて、本やDVDはたくさんあります。こんなにいろいろ試したりしているのに、どうして虚弱なんだろうと思ったりしました。

マッサージとか整体にも通い、毎日が元気に過ごせるようになりたいと思っていました。

そんなあれこれを経て、今はヨガに落ち着いています。

ヨガで心身が健康になれると思っています。

たまには弱くなることもありますが、だんだん心身ともに強くなっている実感があります。

殊に心は強くなっているし、生きることが楽になっていることは確かです。

身体も強くなってきているはずです。

これからも過信はしないように気をつけながら、動き回る自分、この人生を悔いなく生きる人間でいたいと思います。

 

ちょっといいこと

今朝まで寝込んでいたのですが、今日はどうしても孫の幼稚園に顔を出す必要があり、マスクをして出かけました。

ほかの園児から「だれのママなの?」って聞かれました。スタイルと洋服だけ見たら若かったのかしらとひとりで笑ってしまいました。

頭がボーとしてふらふらしていたのですが、ちょっとシャキっとなりました。

今回風邪を引いたことで一番うれしかった出来事です。

 

思ったこと

風邪で家族や詩吟の仲間に迷惑をかけたのですが、心は穏やかでした。

申し訳ないとくよくよ思い悩まないで、迷惑は謝ればいいと判断ができたからです。

風邪をひいてしまったことはもう取り返しのつかないことで、どうにもできないことです。私がいなくて困ることが出ても、それは他の人が何とかしてくださるだろうと、信頼することにしたのです。

これも、インド哲学を学んだことで得た「心の平安」の一つです。

今できる最善のことをして、行動の結果には執着しないことにしたのです。

体調が悪いのを無理して参加しても、会場まで遠いからその道中で何か事故を起こすかもしれません。もっと体調が悪くなり、他のことに支障が出るかも知れません。

その時その時に自分で一番いいと思う判断をしたら、それを信じ実行することにします。そのように、いつでも自分で判断することを、わたしはインド哲学で学んでいるのだと思います。

自分で判断し、主体的に生きることが目標です。

今はその訓練の日々です。

 

 

久しぶりに風邪ひき 観察

風邪の原因

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おととい映画を見に行ったとき館内が寒かったからかもしれませんが、久しぶりに風邪をひきました。

疲れ気味だったり、家族で風邪の人がいたり、考えるといろいろ原因は考えられます。

 

こんなときでも、外の理由ではなく、自分の中に理由を見つけたいと思い、考えてみました。

なるべくしてなったというか、風邪をひくことで自分は何を得ることができるだろうという考え方をしたいのです。

日頃の生活の見直しとか、ちょっとこの辺で休んだ方がいいとか、そんなふうに風邪を受け止めたいと思います。

それでもヨガへ

のどが痛く、鼻水も出ているのですが、予約を入れていた銀座のヨガにはいきました。

思えば、この頃自宅での練習をしていません。

以前はYouTubeのアシュタンガの動画に合わせて、20分くらいのプログラムをしたり、夜寝る前には逆立ちの練習をしていたのですが、最近はサボっていました。

風邪をひき、アシュタンガの動きは久しぶりだから、どうなることかと心配しました。そんな状態でも稽古には行って、身体と心がどんなふうになるかを観察したかったのです。

風邪ひきですと、言い訳をすることなく稽古をして、以前よりよくなったところも、悪くなったところもあって、終わってみたら気持ちはすっきりしました。

 

帰りには、何年かぶりに味噌ラーメンのチャーシューたくさん盛りをたべて、元気をつけようとしました。

観察

帰宅後、風邪がひどくなることもないようで、夕食用意などはできました。

でも、そのあとは布団にバッタリもぐりこんでひと眠り。

3時間くらいで起きて、今パソコンに向かっています。

以前だったら風邪をひいたら、それ大変とひたすら食べたり寝たりしていたのですが、今回は観察しながら、「傍観者の立場」っていうのをしてみようとしています。

困ること

あさっては、詩吟の大会で内輪の会ですがコンクールがあります。

合吟といって、3人で一緒に参加します。

練習をしてきたのに、私の風邪のせいで成績が悪くなったら申し訳ないです。

また、会の運営の役割もあって、元気で動き回る必要があるのですが、それもできるかどうか心配です。

これ以上ひどくなるか、劇的に治るか、どうなることか成り行きを見ます。

はちみつなめたり、ビタミンCを飲んだり、できることをして。

「南天のど飴」と「龍角散 ダイレクト」を買ってきました。

龍角散 ダイレクト」のピンク箱は年若い詩吟の先輩のお勧めです。

 

アイアンガーヨガセンター 体験初日

アイアンガー

私は今のところ、どこかに所属することなく、よさそうで時間や場所の都合のつくところでヨガの練習をしています。

今日は以前から関心のあったアイアンガーヨガセンターに行きました。

体験クラスが3回設けられています。申し込んで今日がその1回目です。

志木駅から歩いて数分のビルの3階。もちろんエレベータはなく、スタジオというより道場という雰囲気の場所でした。

ヨガウェアも半袖Tシャツと腿が出るブルマ―です。

インドの本当のヨガを教えるということのようです。

最初にカルテを自己申告するのですが、食べ物について書いてあるのには驚きました。

生活全般をヨガの精神でというのは、ヨギーニを目指す私にとってはうれしいことです。

体験で感じること

今日の体験で感じてほしいこととして、身体の痛みや硬さというお話がありました。

動かしてみて、痛かったり曲がらなかったりするだろうけどその身体に出会うことを体験してほしい。それに出会った時の自分の心もどんなふうかを味わってほしい。

そんな話もありました。

足指スティック 痛い!!

入門クラスなので、準備運動のような動きがたくさんありました。


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足と手で握手しての足指回しなどをしてから、指の間に木の棒を入れます。

それで歩くだけでも痛いのに、足踏みやらつま先立ち、傾斜版立ちなどをします。

体験の方は無理しないで、といわれました。それほど痛いのです。

足が冷たい人、パソコンなどで頭ばかり使う人は痛いですよ、と言われました。

たしかにパソコンにばかり向かっている私は、とても痛くて途中で足を動かすのをやめたり、かかとで歩いたりしていました。

 

この棒はいただけたので、家でも練習することにしました。

 

インストラクターのウッティタトリコーナーサナ

立位のアーサナをいくつかしたのですが、若いインストラクターの方の姿勢が素晴らしいのです。トリコーナーサナのとき、上体がそのまま足の付け根で折れて、手が上下にしっかり引っ張られています。

両足はしっかり床を踏みしめています。

上半身は力が抜けて、顔は穏やかです。

 

親指の根元、小指の根元、かかとでしっかり床を押すことを何度も繰り返し言われました。私は親指のほうはできるのですが、小指のほうは力が入りにくいです。

 

どっしり美しいインストラクターの姿を目に焼き付けたいと思いました。

 

メリハリの利いた指導で、しっかり汗をかき、初心に戻った気持ちでした。

ブロック、ベルト、ポルスター、ブランケットを使ってのアーサナは、他のスタジオで慣れていたので、なんとかついていけました。

 

修行の場としての道場と、道場主の先生

主宰しているビンダハニ純子先生はときどき注意点や大切なことを補足してくださいました。

ヨガとは何かをお話しするときはとてもまじめなのですが、そのあとふっと優しい笑顔をみせて、それがとても魅力的でした。おだやかな美しさにあふれているのです。

 

練習後は皆で掃除をします。トイレや棚の隅々まで雑巾がけをするのです。

清々しい場所で練習することも、ヨガの守るべきことです。それらに忠実なのも好ましいと思いました。

 

今月中に3回の体験をします。私の望んでいるヨガのスタイルがここにあるかもしれません。

 

 

森林ヨガ ステキなヨギーニとの出会い

飯山 森の家 

飯山なべくら高原に行ってきました。

飯山着11時18分の新幹線に乗り、12時に飯山駅まで宿泊する「森の家」スタッフが迎えに来てくれました。車で30分走って、山の中のセンターハウスに到着。バンガロー形式の宿泊棟が10棟建っています。

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 森林セラピー


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駅前のスーパーツルヤで買ったお弁当を食べた後、1時半から2時間の森林セラピーに参加しました。森の案内人と一緒にウッドチップで整備された森の中を散策します。

まず最初にすることは、呼吸法でした。

途中でも、何度か深呼吸をし、大きな木の前で木をイメージして「木の深呼吸」なども教えていただきました。

森林セラピーの目的はリラックスして、健康に良い影響を与える森の歩き方です。

足の裏でしっかり地面を感じることを重視します。だから時々は目を閉じて前の人の肩につかまりながら歩いたりもしました。

思いがけず凸凹があるのを、しっかり感じて神経を足裏に集中させます。

いつもは視覚にばかり頼っていて、足裏からの情報には無関心だったことに気付かされました。

出会う植物や虫の名前を教えていただき、森の成り立ち、地域の里山としてどのような存在だったかのお話もありました。

雪の重さに曲がりくねってしまった木々の幹に、木の生命力の強さを感じ生きる元気をもらえるとのことでした。

ひとやすみでは、ハーブティとお菓子と記念撮影。

ここでトイレに行ってもいいですよ、って言われたけど付近にはそれらしき建物はありません。

「今日は皆さんしかいないから」って言われたってことは・・・・????

 

平坦で歩きやすい道、途中で森を観察したり深呼吸したりの2時間でした。

 

その後「いいやま湯滝温泉」に向かい、温泉の後は地元のお野菜中心の郷土料理を堪能しました。おいしかったのと、量の多さに驚きました。どれも、しっかり素材の味を生かしていて、手間暇かけて作ってありました。食べきれなくて、あとでお腹が空いた時にどうぞとパックをいただいて持ち帰りました。でも、おしゃべりをして夜が更けてもお腹は空かず、名物の笹寿司は翌朝いただきました。

収穫の秋だけあって、各種キノコがふんだんに使われていました。

食物繊維たっぷりだったので、デトックス効果抜群でした。

 

森林ヨガ インストラクター

翌日は温泉から持ち帰った料理で朝食を済ませ


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チェックアウトを済ませてから、10時から12まで森林ヨガに出発です。

 

先生は飯山市在住の井出ふみ子さん。市内でヨガ教室やエステのお店をしているらしい。

声のトーンが心地よくて、抜群に上手なヨガガイドでした。

ネパールでティーチャートレーニングを受けたそうで、独特のヨガを確立しているようにお見受けしました。

「ポーズをキープしているときがちっちゃな瞑想です」

というように、瞑想と心にフォーカスした内容でした。

森林ヨガ体験 森の中で

五感を研ぎ澄ました先に第六感の開発があるのではというお話から始まり、ヨガをする広場に行くまでの道すがら、聴覚や嗅覚・肌感覚・味覚などに注目していきました。

野草や木の実を食べました。

群生している三つ葉ははお浸しにしたらおいしそう。先生は食べられそうな野草はどんどん試しているそうです。野草の強いエネルギーももらえて元気になるというお話に、なるほどと思いました。

私たちも、いくつかの名前もしらなかった野草を食べて、味の違いを確かめたりしました。そんなにくせがないものもあります。どれも濃い味です。

落ちている山栗の皮をむき生のまま食べると、カリカリとしてほのかに甘くておいしいです。

リスや熊もこれが好物なのもうなづけます。

爪楊枝に使われたという黒文字枝を折って、鼻先ににかざすといい香りがします。

自然に目を向けると、こんなにも豊かなのですね。

途中蛇にも会いましたが、それも自然の一部。

 

せせらぎの水音に耳を澄まししばらくとどまりました。しっかり音と風景を脳裏に刻みこみます。

 

手に触れると種が飛び出る草の実に、野草の営みの不思議さなどの体験をしながら、森林ヨガの開催場所に着きました。

高くそびえるブナの木に囲まれた木漏れ日のこぼれる小さな広場です。

平らなところを探してヨガマットを敷きます。

自然との一体感 大地に溶け込む

まずはヨガマットに横たわり、背中で大地を感じ居心地のいい場所を探します。

目をつむり、森の音に耳を傾けます。

まずは大きな風の音に集中し、次にその奥で鳴いている小鳥の鳴き声を見つけて集中します。次には小さな虫の声を探して集中します。

そんなふうに意識をめぐらせながら、最終的にはそういう音には無関心になって、自分の呼吸にだけ集中しましょう、というガイドでした。



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穏やかでスムーズにアーサナと呼吸法を取り混ぜ、最後のシャバアーサナでは、大地との一体感を感じるようにと進んでいきます。

真上に広がる木の枝と葉の間から見える空の景色を目に焼き付けるために、目を閉じたり開けたりを繰り返します。

 

そうして脳裏に焼き付けておけば、これからいつでもどこにいてもこの森の中にいる感覚になり、瞑想ができるというわけです。

 

広場に来る途中の水のせせらぎを思い出し、これも自分の記憶にしっかりととどめておきます。

 

この二つのイメージは、今回の森林セラピーの記憶のお土産というわけです。

 

インストラクター

井出さんは素敵なヨギーニでした。

エステのお店をしていて、アロマの施術をなさるようです。

インド哲学のお話を少しすることもでき、「ギーター」は素晴らしいよねと盛り上がりました。

帰宅してから井出さんのブログ

rani.naganoblog.jp

を拝見すると、植物や動物、特に小さな虫たちもいとおしく仲間のように思われています。いろいろ手作りされて生活を工夫されています。

旅先での思いがけないうれしい出会いでした。

 

 

 

『阿弥陀堂だより』 暖かく穏やかに癒す

飯山への旅行

友達と飯山に旅行に行きます。

私の持っている『森林セラピーガイドブック』にも載っています。

自然に恵まれたところで、森の案内人による2時間の森林セラピーを体験し、翌日は森林ヨガを体験する予定。

とても楽しみです。

調べてみたら飯山は映画『阿弥陀堂だより』の舞台になったところでした。

以前見たことがあったのですが、アマゾンビデオのプライムにあったのでもう一度見ました。

景色の見え方が違う

以前は物語や登場人物ばかりに気を取られて、自然の描写にはあまり心が動かされませんでした。

今回は、この自然が物語の進行(登場人物の心が癒されていくため)に必要だったのだと気づかされました。

自然の移り変わり、その中の子どもたち、暮らす人々、食べ物など出てくる全てです。

一年四季の美しさ

1年を通して撮影されています。春・夏・秋・冬 それぞれ美しさがあり、人々の生活があります。

病が進む人も、癒されていく人も、時間の流れと自然の移ろいが同時進行で描写されていました。

無常ということでしょう。

無常はかなしいことでもあるのですが、季節の美しさがそれを乗り越えさせてくれます。

無機質なコンクリートの病室で過ごしていたら、人間はとても悲しいし生きる気力も失ってしまいそうです。

 

今までの私は自然の緑・花・空気に恩恵を受けていることにあまりにも無意識でした。

しぜんの癒す力

最新技術や知識を追い求める生活は、こころを置いてきぼりにして、きがついたらかたく小さくさせてしまいます。

自然はそれを、ゆっくりだけど暖かく解きほぐしてくれる力を持っているのでしょう。

ヒロインの女医は、立ち直っていきます。

こころも体も、やわらかく、そして強く、たくましくもなっていきます。

 

飯山に行って私もそんな体験をちょっとできるかもしれない、って楽しみです。

人の癒す力

映画の中では、自然だけでなく周りの人々も重要な存在です。

無邪気な子どもたちに癒されることに、私は2度目に見て初めて気がつきました。

(1回目は子供の登場が類型的で余計なものに思えたのです・・・)

人間は知識を身に付けるほど汚れていくというのがインド哲学の考え方です。

過去にとらわれたり、未来の不安に心を苦しめることのない、今を生きている子供が一番純粋で理想的なのです。

うちこさんが良く例に出す、ころんでもすぐ起き上がってニコって笑う子供です。

 

子どもに癒されます。

 

病を受け入れ、苦痛を訴えることもなく、死を受け入れる「先生」の姿は、凛として立派です。

 

阿弥陀堂を守る老婆は、清く深い信心で周りの人のこころを和ませてくれます。

 

優しい心のこもった言葉が、大きな力になります。

わたしも、他人を力づけるようなことばを口にできたらと思います。

 

今の私は、時として人を苦しめるような言葉を使っていることを反省しました。

暖かさ

日の光の温かさのある映画でした。

雪の景色でさえ、日差しは暖かい。

人々も温かくて、嫌な人は出てきません。

現実にはそういうわけにはいかないでしょうけど、自分からでも暖かさを出していくことはできます。

 

もう一度見てよかったと思いました。

また見たら、もっと暖かく思えるかもしれないです。

 

神秘体験と信仰 『空海』高村薫著

空海』 高村薫

これも図書館で大人気になっていて、やっと手元に届きました。

実は内容を知らないままに、空海関係だからとリクエストしてみたのですが、

思っていたのと違っていました。

伝記的な小説・物語だと持っていたのですが、日本人の宗教感覚を検証するために、空海密教を軸にして探っていくというようなものでした。

 

高村さんはとても理性的・中性的な作家さんだと思っていました。

その高村さんが、自信が被災した阪神淡路大震災

いかなる信心にも無縁だった人間が突然、仏を想ったのである。・・・長らく近代理性だけで生きてきた人間が、人間の意思を超えたもの、言葉で言い当てることのできないものに真に直面し、そのことを身体に刻んだのだ。

阪神間では、いまも犠牲者への祈りが絶えないことに、日本人の国民性をみます。

日本人は誰に教えられずとも、見ず知らずの死者たちと自身を一続きのものとして捉え、死者たちの冥福と自身の家族の安寧を自然に重ね合わせて祈ることができる。

 

その後の東日本大震災のあと、被災地ではもっと深い祈りに満ちているだろうと訪ねていくと、お大師さんも菩薩も如来も並んで存在していました。先祖と自分たちに安寧をもたらしてくれる多くの神様・仏様・ご先祖様として、暮らしの中で手を合わせ祈られているというのです。

東北の基層かも知れない民衆の祈りがそこにあるのです。

 

宗教については、私も以前の高村さんのような意識です。

 

高村さんは、21世紀を生きる一日本人として空海を訪ねて日本各地を巡る旅に出ます。


神秘体験をしたかどうか

高村さんは空海が神秘体験したことに目をつけ、神秘体験をしたことで神仏と一体化し民衆に拝まれる人になるのも当然だと考えます。それが現在のオウム真理教の信者にも当てはまるというのです。

私は神秘体験をしたことがないので、神秘体験というだけで胡散臭く思っていました。

空海とかの話は、自分とは関係のない別世界のことのようでした。でも、同じ人間なのですよね。

高村さんは元オウム信者に取材しています。

三人の共通点は、いわゆる変性意識状態になりやすい生来の体質とヨーガの特殊な呼吸法があわさることによって、比較的簡単に神秘体験を得たことだ・・・・エネルギーの塊が腹から頭頂部に突き抜けたり、光の爆発があったり、幽体離脱をしたり。オウムではそんな神秘体験を重ねることで修行が深まり、実際に三昧に入ってこころが鎮まるところまで達するものもいたが、残念ながらオウムにはその三昧を正しく言語化する意思も能力もなかった。

同じように神秘体験した空海との違いは

自身の体験を言語化し、それを以て衆生を救済せんとする宗教者としての強固な意思の有無だけ


オウム真理教の信者は、

まじめで感受性がゆたかだったから、盲信してしまったのかもしれません。

私もそうなった可能性があります。

私がではなく、だれでもその芽を持っているというのがインド哲学の思想です。

 

私がもし神秘体験をしたら、どうなってしまうのかと考えました。

怖いです。神秘体験しなくてよかったと思いました。

 

古典的(?)ヨガではグルのもとでの修行が勧められます。神秘体験につながるような修行の場合はとくにそうです。

そのグルが、おかしな人だったのがオウム真理教の不幸なんだっていえば簡単なのですが、見極めることって難しいと思います。

空海のことでも、なんだか理解できないけど、エイヤって飛び込んで信じてしまうのではないでしょうか。

お経の内容や哲学まで理解して、信者になるのではないと思います。


空海は神秘体験を言語化した 

ということは、他の人にわからせようとしたのですよね。

宗教的確信は、論理を超越する。信心に無縁の人間が宗教者の著作に触れるときに感じる違和感がそれである。空海の、言葉への並外れた執着と独創的は言語感覚は、同時代のほかの仏教者には見られないものである。いわば言葉で世界を言い表すというより、言語で世界を強引に創造してしまうと言おうか。誰も経験したことのない密教の世界が、文字通り空海の言葉で開かれるのである。



柳澤圭子さん『般若心経』

この本を読んでいて柳澤佳子さんのことを思い出しました。

難病に長年苦しんだ生物学者の彼女が、神秘体験をしたことを本に書いています。

そして、彼女の感性でもって『般若心経』を超訳しているのです。

あんなに理性的な科学者が、と驚くとともにいつまでも腑に落ちないままでした。

わたしには神秘体験がないから、まだわかりません。

 

理解を超えるもの

天災など理解を超えるものに遭遇したとき、祈りが必要とされます。

空海を特別な存在にしていたのは、だれにも真似のできない身体体験の深さと、そこからくる絶対的な宗教的確信、そして修法での圧倒的な加持祈祷の力であり、人々が崇拝したのもそういう特別の験力をもつ密教空海だった。

理解を超えるものの象徴としての弘法大師になってしまったともいえます。

大乗仏教における法華経の厚みは圧倒的であるが、その細部を不問に付して一気に飲み込むがごとき密教の教えは、論理からの跳躍を求めるゆえに、論理の脆弱性を免れえない。論理を超越したものは論理によって批判されることもない代わりに、大きな変化や革新からは孤絶するのである。

 

怖れと不安にさいなまれた時の貴人たちに空海は受け入れられけど、死後はその偉業も割と早く忘れられたというのは意外でした。

 

その後の空海神格化の歴史などを高村さんは丁寧に書いています。

仏教空海も、その時代の民衆なり権力者の要求をかなえるために変質していくもののようです。

空海を後の人が神格化・偶像化していき、高野山真言密教の道場というより、死後の安寧を約束する霊場となっていくのです。

教団の意地と経営のため、弘法大師というおくり名をもらうために「再三朝廷に奏請」したとはしりませんでした。

だから高野山に戦国武将から財界人まで、多くの有名無名の人の墓碑があるのだと納得できました。

空海弘法大師として、たくさんの奇跡を起こし救ってくれる人として信仰の対象となって全国の民衆にも広まっていった訳です。

 

 希望の大きな力

高村さんの取材はハンセン病の元患者さんのところまで進みます。

第10章は終着点として「ハンセン病患者と大詩信仰の深いつながり」となっています。

わたしはふと、この国の大師信仰は、まさにハンセン病患者たちがいてこそ営々と息づいてきたのではないかと思った。療養所ができる前、故郷を追われた患者たちが、全国から四国を目指して死出の旅に出たとき、口ずさんでいたのは弘法大師和讃の「業病難病受けし身は、八十八の遺跡に、よせて利益を成し給う」であろう。孤独と悲惨のなかでこれほど強い信仰が保たれてきたのは、ハンセン病患者たちの大師信仰がまさに信仰であった証である。今の日本にこれに似た信仰が存在するとすれば、わずかに東日本大震災の被災地にある祈りぐらいではないかと思う。 

 高村さんは空海の築いた真言密教は新仏教などにその場を奪われたとします。

時代に追い越されてしまったのです。

でも、民衆の中には大師信仰として根付き、理解を超える災難に直面したときに大きな希望として湧きあがってくるのです。

 

高村さんは夢みます。

その唯一無二のオーラが密教の秘儀と溶け合う時、空海の執り行う法会はどれほど見事なものであったことだろう。空海が生き仏になってかもしだす霊験は、法会に居並ぶ天皇や貴族たちと感応道交し、それこそ大日如来の顕現かと思われたかもしれない。

 もしタイムマシンがあったなら、私は誰よりも生きた空海その人にあってみたい。 

空海という天才がいたからの真言密教ということのようです。

 

神秘体験から、たぐいまれな行動力と知力でまい進していった結果の真言密教だったから、ほかのだれも後継者となれなかったのでしょう。

 

わたしには宗派の違いとか哲学はまだはっきり理解できていません。

この本を読んで、空海が後世作られた偶像である部分が良くわかりました。

これからも、大師信仰が続いていくかはわかりませんが、最近の高野山の人気ぶりを見ても、日本人の心の底には論理を超えて祈りをささげたり対象が必要とされていくのでしょう。

 

それにしても、空海は捉えがたいほど大きくて魅力的な存在です。

 

高野山にも行ってみたいと思います。