60歳過ぎても進化中 ほいみんの日記

断捨離から、ヨガ・インド哲学・音訳へと関心が移っています。60歳過ぎてヨギーニをめざしています。

合宿を終えて感じた 愛

合宿の後 

3泊4日のヨガ合宿を終え、元気に家に戻りました。

心穏やかに日常生活に戻り、周りのいろいろなことに改めて感謝したい気持ちになっています。

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*気がつけば道端にも、幸せを見つけることができます。

 

他人の体に触る

ヨガ合宿では、通常クラスではない練習をたくさんします。

ペアワークトリプルワークがたくさんありました。

ベルトやロープも使いますが、手も足も使います。

二人がかりで引っ張ったり押したりして、正しいアライメントへと体を誘導します。

初めてだと、とても緊張します。

上手くできないと相手の方に悪いようで、私は少し苦手に思っていました。

 

あなたは私です

二人一組でのワークのとき純子先生が

「お互い様です。どうしてほしいか、気持ちいいのか悪いのかを教え合いましょう。」

「押す人は、体を触らせていただくという気持ちを忘れず。」

「上手にできると、とても気持ちがいいのです。下手だと・・・・?」

そう!

それが私にとっての心配事でした。

 

そのとき純子先生が

「あなたは私です。私はあなたです。」

とおっしゃいました。

私の気持ちはすーっと楽になりました。

押している相手の方の中に、「わたし」を感じたからです。 

 

区別がなくなって

インド哲学では、梵我一如の思想があります。

私は宇宙の中の構成物の一つで、そこには自分と他人の区別もありません。

そして私の中にも宇宙はあって、すべてが含まれています。

純子先生が練習後の感謝する言葉では、

私の中にある正しさに導いてくださる神様」にも感謝します。

神様まで私の中にいるのです。

 

そんな風に考えたら、誰の中にも神様がいて、誰もがわたしと同じように宇宙の構成分子の一つで仲間と思えてきました。

 

自分の心の中に「愛」があったら、すべての人や物にも「愛」を感じ信じることができます。

 

私の体を押す人が上手でも、下手でも、どちらでも「それも私」と思えたら、自分が上手にできるかどうかを、遠慮する気持ちがなくなりました。

「愛」が感じられるからです。

 

愛に満ちて

実は私は、今まで動植物にあまり心を寄せることができませんでした。

心が乾いていたみたいです。

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*合宿中早朝散歩しながら、小鳥の鳴きごえだけ聞こえました。

 

合宿中の純子先生のお話を聞いていると、人間だけでなく動物も植物も等しく見ていることが感じられました。

 

自分の体を大切にすること、微細に感じていく心を養うことで、自分以外の存在も大切にする気持ちにつながる気がしてきました。

 

それは、他の人に対しても動植物にも広がっていきそうです。

(それって、愛情深い人間になるってことかしら)

 

振り返ってみて、合宿中のすべてに愛が満ちていました。

グルジのLOVE MESSAGE から始まりました。

 

アシスタントとしてついてくださった先生方、ワークを一緒にしてくださった方だけでなく、参加した皆さんすべてのおかげで幸福な時間を過ごすことができました。

愛に満ちた空間と時間だったと思います。

 

合宿から帰ってきても、その余韻は続いています。