アマプラ?
Amazonプライムビデオのことを「アマプラ」って勝間さんがいっていました。
読み放題サービスのことも「アンリミ」なんですって。
これポピュラーなのかしら?
猛暑が続いた後急に寒くなりました。
数ヶ月かかった録音図書が自分の未熟さを知る結果となったり、
張り詰めた張り切った生き方について、
どうなんだろうと考えを巡らしたり、
本を読んだり、のんびりした時間を過ごしています。
体が重くてゆったりとしたい日は、アマプラで新しい作品を探します。
「禅」という言葉に惹かれてみたビデオが「禅と骨」。
執着
取り上げられている禅僧は、ヘンリ・ミトワさん。
父親はアメリカ人実業家、母親は気っぷのいいきれいな新橋の芸者さん。
母の死後日本に戻り、禅僧に。
映画作りに執念を燃やしています。
私のイメージする禅僧とは大違い。
まずその部屋はゴタゴタと雑多なものでいっぱい。
アメリカから呼び寄せた家族とはけんかばかり。
わがままで頑固、声を荒立てて手まで出るありさまです。
執着のかたまりのようなんです。
日本でもアメリカでもスパイと疑われ迫害されました。
それが、伝統的な日本文化に執着する原因かも。
茶道・弓道・陶器・禅すべて自分のよりどころとなる軸を探す旅だったのかも。
戦争
8月15日は日本が負けた日でした。
戦争さえなければ、彼と彼の母親は別れることもなく、
彼が日本を追い続ける旅をして、それに家族を巻き込むこともなかったのでは。
アフガニスタンではなお戦争が続いています。
タリバンが勢力を拡大しているということは、
マララが自分の故郷に帰ることがもっと難しくなったこと。
南嶺管長のお話にもありましたが、
争いとは執着から出てくるのだと。
まずは自分の執着とか我欲をすてることから。
そのための瞑想。
執着にもがき苦しんでいる、その様をありのままに生きることが
日本の大乗仏教のあり方だとしたら、
禅僧にいろいろあってもいいのだと改めて思いました。
禅僧はこうあるべき、人間はこうなるべきと思い込む自分は、
イメージに執着して理想化していたようです。
どんなふうでもいい、どんな人でもいいのだと受け入れること、
見失いがちです。