60歳過ぎても進化中 ほいみんの日記

断捨離から、ヨガ・インド哲学・音訳へと関心が移っています。60歳過ぎてヨギーニをめざしています。

思い出に耽る事は過去に生きていることなのだろうか

涙が止まらない

高校時代の友人の葬儀が行われた日、私は一人でコメダ珈琲にいました。

休日で、お店の中は家族連れが楽しそうにモーニングを楽しんでいました。

本を読みに来たのですが、ふと今頃葬儀が始まったかしらと思ったとき、

涙があふれてきました。

 

高校時代毎日のように部室に集まっていました。

何をしていたのか、何を話していたのか、今は内容はわからないのです。

でも楽しかったから、高校時代が輝いていたと思うのです。

こんなふうに思い出に耽っている事は、今は生きていないことなのかしら。

今を生きると言うのはどういうことなのかしら

 

インド哲学では

ちょうど持ってきたノートに、インド哲学の講義のメモがありました。

 

この一瞬今と言う時間に生きる

過去にとらわれている人、未来の不安にとらわれている人どちらもこの一瞬に生きていないことになる

例えば高校時代は良かったな、あるいは10年後大地震が起きるかも

会社で活躍していた時代のことを自慢している退職者は、今を生きていないといえるかもしれないです。

以前の私は、人の自慢話を聞くのは好きになれず、「昔話は聞きたくない」とむげにしていたりしました。

高校時代の思い出ばかりを話している人に対して、今の生活で話すことはないのかしらと冷たかったりしました。

「今に生きる」とか「いま、ここが大切」なんて言葉に心が固くなっていたような気がします。

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 my brilliant days 輝ける日々

 高校時代は my brilliant days だったことを痛烈に思い出しました。

深刻な悩みだと思ったことも今では他愛なく思えます。

でも今に続く価値観が形作られた時期でもあります。

たくさんしゃべったあの時間があったからこそ、今の私がいます。

過去のあれこれの積み重ねがそれぞれの人格を作っています。

これからはもっと優しい気持ちで人の話を聞こうと思います。

大事な思い出なのですから。

 

この日は一日亡くなった友達とのあれこれを思い出し、彼の死を悼みました。

今を生きるこの今は、過去から続いてきた今日です。 

 

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