アンのシリーズ
外出の自粛が続いています。
公共施設の休館の延長も決まりました。
この機会に『赤毛のアン』のシリーズを読むことにしました。
実は『赤毛のアン』は1冊でおわりのはずでした。
モンゴメリーは読者と出版社の続編を望む声に、シリーズ化してたくさん書き続けました。
本当は最初の物語だけで完結していて、以後は出版社の意向と牧師の妻という自分の身分もあって、本来のモンゴメリーらしさがないとも言われます。
でも、じっくり読むと中身も深くて面白いです。
『アンの青春』
シリーズの二冊目、アンが大学進学を諦め、マリラとともにアボンリーで学校の先生として過ごす二年間です。
心から願い必死に勉強して得た大学への進学ですが、その夢を諦めても不幸になったわけではありません。
大学に行けなかったことを悔やむ言葉は一言も出てこないのは見事です。
こんな言葉に出会いました。
「楽しいしあわせな日々というのはなにか目をみはるようなことや、すばらしいことやわくわくすることがあった日というわけではない、なんでもない小さなよろこびを感じられる日が一日また一日とつづくこと」
今は新型コロナ感染で、心が潰れるような日々です。
でも、道ばたに春の花が咲き、温かい日差しがぬくもりをくれます。
小さな喜びを感じられる日が、一日一日続いています。
想像力
アンは孤児の時から想像力で自分を奮い立たせて生きてきました。
友達も気を配ってくれる身内もいない境遇でした。
想像の中でだけ友達を作ることができ、生きる勇気とか希望を得ることができました。
『アンの青春』の中にはやはり想像力で寂しい現実を耐える女性が出て、アンと友達になります。
森の奥に隠れるように住むミス・ラベンダーはアンと同類の魂を持つ人でした。
ときどき何かを想像して、それになったつもりにならないと生きていけないのです。
お客さんを想像して空想でお茶会をしているときに、アンと出くわします。
「でも、したいときにばかなまねをしてどうしていけないの?どなたに迷惑をかけるわけでもないのだから」
私たちも、新型コロナ感染の緊急宣言でどうなってしまうかという「負」のことばかりに想像力を使うのではなく、それと同じくらいに楽しいことにも想像力を働かせましょう。
どんな楽しいことを想像しても、誰の迷惑にもなりません。
心まで苦しくならないよう、意識して楽しい想像をしたいと思います。
どうしても暗くなりがちな近頃ですが、物語を読んで落ち着きましょう。
少女小説にも深い生活の知恵が書かれています。
恋人同士や夫婦のもめ事の解決方法なんかも書いてあるんですよ。
少女小説侮れないです。
私が読んでいるのは、講談社版
完訳 赤毛のアンシリーズです。
掛川恭子さんの訳
言葉が子供向けで読みやすいです。
山本容子さんの銅版画がステキです。
シリーズ3は『アンの愛情』