60歳過ぎても進化中 ほいみんの日記

断捨離から、ヨガ・インド哲学・音訳へと関心が移っています。60歳過ぎてヨギーニをめざしています。

声が遠くから聞こえる シャバアサナから戻るとき

シャバアサナ

ときどきヨガセンターで前のクラスが延長していて、まだ終わらないときがあります。

前のクラスのシャバアサナに立ち会うことになります。

 

シャバアサナは死骸のポーズと言って、身体中の力を抜き、何も考えないようにします。

やさしいようで、とても難しいアサナです。

薄暗い中でシャバアサナが終わるのを、座って待ちます。

 

シャバアサナから日常へと意識を戻していくときも慎重にすることを学びました。

終わった時の純子先生の言葉です。

 

シャバアサナのおわりで私が「では、自分の身体に感覚を戻しましょう」といいますが、それが遠くから聞こえてくるようだったら〇(マル)です。シャバアサナがうまくいったということです。

人の命令にさっと身体を動かすのではなく、自分の感覚を大切にしましょう。

 

 

自分の感覚を大切に

 

だから、シャバアサナの終わりのガイダンスでまだ自分が起きたくなかったら、もっと横になっていたかったら、そうしてもいいのだそうです。

 

思えば、人の命令とか指示にはすぐに従うようにといわれ、その価値観で生きてきました。

先生とか上司の場合には特に。

小さい時に、親にもあまり反抗しなかったと思います。

 

自分を大切にしよう

もう、自分を大切にしようと思いました。

自分の思っていること、自分の感じていることに目を向けていくのです。

 

本当はしたくないことに、時間と気持ちを無駄遣いしないのです。

 

だれかに嫌われること、叱られることよりも、自分が楽しいことを優先する生活をしてもいいのではないでしょうか。

 

他人と対立したり排除するというのではないのですが、自分が楽しく生きてこそ他人にも優しくなれます。

 

自分を抑えつけて他人に優しくしていると、いつか爆発したり、身体や心をいためてしまいます。

 

自分のやりたいことを抑えてきたのではないのですが、何か負い目を感じて後ろめたくて自由な気持ちではなかった部分があります。

遠慮しながらだったり、やりたいんだと肩ひじ張ったり。

 

そんなことしなくてもよかったのにと、今なら思えます。

 

自分の義務(=カルマ)である家事とかはしっかりするけど、たまにはそれをさぼってでもやりたいことを優先します。

今年になってから参加したヨガ合宿もまさにそれでした。

 

これからは、自分も楽しいから他人にも優しくなれる、そんなふうに自分を大切にしたいです。

長い間閉じ込めていた、自分を大切に楽しく生きることを肯定して生きて行くヒントをいただきました。

 

遠くから聞こえる

これからシャバアサナが終わるとき、声が遠くから聞こえてくるのを楽しみにします。

それだけ心と身体を休ませ、静かにさせることができたからです。

自分の心と身体を大切にすることができたからです。

 

 

そうそう忘れてはならないことがあります。

静かに休めるのは、激しく身体や心を使ったて働いた後のご褒美です。

いつもいつも休んでいていいというわけではないです。