70歳過ぎて自在に生きる ほいみんの日記

断捨離から、ヨガ・インド哲学・音訳へと関心が移っています。

九州旅行のまとめ ゆっくりていねいな生活の延長で

外国人

どこに行っても中国と韓国の方が多いのに驚きました。

銀座の歩行者天国と同じくらいです。

 

金鱗湖では、日本人を見つけるのが難しいくらいです。

高千穂峡のお店ではハングル語のメニューのほうが目立っていました。

高速道路のSAではソフトクリーム売り場でメニューを指さしながらボディラングイッジで頑張る中年女性をみかけました。

 

それぞれが普通のことになっているのですね。

 

とってもいいことだと思いました。

地元の経済のためにはもちろんですが、個人と個人が触れ合うことで人間同士の親しみが深まって、国も仲良くなれたらいいと思うのです。

 

九州の人たちの(そして多分日本の)やさしい情の深さを感じてくれたらいいです。

 

言葉が通じなくても、文化が違っても、工夫と大きな心でよい関係を築くことは、社会的な弱者にも優しくなれることにつながると思います。

 

わかりやすい大きなデザインや音声での案内、広くて清潔で使いやすいトイレ、休憩用のベンチの用意、老若男女が社会的に活動するのに便利になります。

 

そして外国の人が来てくれて経済効果があり、国民が仲良くなって国家間の緊張感がなくなっていく、そんな風になればいいと夢想が広がります。

 

シンプル

旅行では持ち物がシンプルだと準備も移動も楽です。

楽というのは、肉体的・精神的どちらも。

それには普段の生活がシンプルであることです。

 

旅行が楽なように、日常もシンプルにしたらもっと楽に生きられるのだろうと思います。

 

洗濯が楽な素材で、着ていて気持ちのいい洋服を毎日着ること。

着たらすぐ洗濯して、またスタンバイできる循環のよさ。

物が少ない部屋で掃除が簡単にでき、清潔に清々しく暮らすこと。

 

旅行でも「よそ行きの服」はいらないことがわかり、最小限の下着を洗濯すれば何とかなることも実感できました。

 

ゆっくりにていねいに

観光地で見学候補がたくさんありました。

いくつか回ると印象が薄くなります。

 

神社にしても一つくらいにとどまって、その雰囲気にひたって味わうほうがいいですね。

そしたら、もっとスピリチュアルな感覚もつかめたかもしれません。

 

スケジュールをこなすような移動では味わえない、個人旅行だからこそのゆっくりをもっと味わいたかったです。

 

でも、始めて行くところが多かったので今回は仕方なかったでしょう。

それに、暑かったから戸外に長時間はいられなかったということもあります。

 

こういうときにも、ヨガで学んでいるゆっくりていねいに観察し、行動し、感じることを忘れないようにしたいです。

 

うん、うん、ヨガは日常に生かされてこそです。

 

欲張らない

欲張らないと楽になることを一番実感したのは、やはり食事でしょう。

 

一日目にたくさん食べてしまって、翌日からの不調は自分の欲ばりの結果です。

 

おいしい料理が並べられても、自分の身体と相談し、いつもの量をかんがみ、おなかをこわしやすい今までの経験を総合したら、少量にすべきです。

 

これって、生き方があらわに出ています。

 

情報をジャンルに関わらず取りに行ったり、いろいろなテイストの洋服が混在していたり。

 

本当に自分に必要なものと量を選び取る訓練が、まだまだ足りません。

 

何年もこういうことを繰り返しているのですが、らせん階段のように上に向かっているのでしょうか?

 

自分に駄目だしするのではなく、修行は続いているのですからこれからも自分の欲望とか執着と向き合い闘いながら(なだめながら?)歩んでいきます。

 

旅行中は、出された食事はだいたい半分くらいを様子を見ながら食べ、少量に徹しました。

たくさんの小鉢も、チョイスしておいしそうなものだけ。

そのおかげで、以後は腹痛・下痢は治まりました。

以前の旅行では全然食べられないこともあったので、今回は楽です。

 

チョイスして少量を続けたいです。

 

旅行後体重を測ったら旅行前と変化なしでした。

調子よく食べ続けていたらどんなことになっていたかと驚きました。

 

体重の変化なしはちょっとうれしい。

 

このちょっとうれしい気持ちを忘れず、欲ばり心に負けないようにしたいです。