70歳過ぎて自在に生きる ほいみんの日記

断捨離から、ヨガ・インド哲学・音訳へと関心が移っています。

風邪ひき中に考えたこと

本を読んだり朗読を聞いたり

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 写真は気分転換にポケストップのある公園に散歩に行った時に撮ったものです。

 

体調が悪くて、最低限の家事と用事とで2週間くらい過ごしました。

 

その間、久しぶりにヘッセの本を読んだりyoutubeでヨガ関連の本の朗読番組を見つけて聞いたりしていました。

 

『ヨガスートラ』や『ハタヨガの真髄』などを寝ながら聞き続けていました。

アイアンガー師の『ハタヨガの真髄』を沖先生が翻訳しているのを見つけて驚きました。あとがきでは、「インドにヨガはない」なんていうセンセーショナルな言葉があって、どういう事って思って聞いてみました。

 

沖先生は、当時流行のヨガが本物ではないことを嘆いています。そして、本場といわれるインドのヨガにも、商業目的やら見世物的なもの、自分だけの解脱のための修行などがあり、それらは本物のヨガではないというのです。精神的な向上をめざし、そのための肉体鍛錬を明確に掲げているアイアンガー師は本物のヨガを教えている一人だとしています。

アイアンガー師だけだと言っていないところが、沖先生の大きいところだなと思いました。

そして、個人の精神の向上は自分一人のためでなく社会の役にも立たなくてはいけないとしています。

ひとりひとりの精神の向上があってこそ、社会も世界も豊かで平和になっていけるということでしょう。

 

でかけることばかりを反省

どこでヨガを学ぼうかしらとか、外の出かけることばかり考えていましたが、家にいてできることをないがしろにしていることを反省しました。

買い物にも出かけず、庭の草取りをし、夏のプランターの片づけなど細々としたことをしていました。

一日の半分くらいは台所に立っていたのでは、というくらい食べ物つくりにも手をかけました。

配達された食品を無駄にしないように、買い置きの食品も使い切ることを目指したり。

生活を丁寧にすることを、ヨガの教えではアーサナより以前に身に付けるべき姿勢とされています。

 

ヤマ・ニヤマ(日々の社会的・個人的行動規範となり、もっとも基本的なこと)

を実践してからがアーサナ修行のスタートだとしたら、私はいつまでたってもスタートに立てないことになってしまいます。

 

外にばかり目を向けている私にとって、今回の体調不良は少し休んで足元を固めなさいと言う事だったように思います。

ヨガを始めて、考え方や心の持ち方が変わり、楽になりました。

でもヨガ以外の家事などに身体を動かす人間になりたいと思うのですが、なかなかできません。

 

昨日はたくさんの洗濯物をし、今日は掃除をちょっとていねいにしました。

そして、久しぶりに地元秋津のスタジオでヨガレッスンに参加しました。

割と軽めのクラスだったので、気持ちよく身体を動かせたので一安心。

スタジオの先生がこのブログを読んでくださっていて、体調を気遣ってくださって感謝です。

 

あすからも、無理はせず、でも自分の義務はおろそかにしないで「修行」の日々をおくることにしましょう。